合格をあきらめずに
努力した経験が
社会に
でたときの力になる

  • 特別支援学校
  • 埼玉県立特別支援学校大宮ろう学園(埼玉県) 
    お話:富山達也教諭

他校の生徒たちと良い意味で競い合えるから自信につながる

他校の生徒たちと良い意味で競い合えるから自信につながる本校は、埼玉県に2つある「聴覚障害特別支援学校」の1つで、同じ校舎で0歳から20歳までが在籍し、幼稚部から小学部、中学部、高等部まで一貫した聴覚障害に関する専門教育を実施しています。高等部には本科に加え、本科卒業生徒の一部が進学する専攻科があります。

私は高等部で数学を教えています。数学検定(以下、数検)を団体で受検するようになったのは2001年からです。健聴者と良い意味で競い合う機会を用意して、生徒たちの負けない気持ちを育みたいという当時の先生たちの思いから始まったと聞いています。この学校は、アットホームなところが良いのですが、その一方で限られたコミュニティから生じる経験不足により、子どもたちが健聴者に対して臆するようになる傾向があります。数検などの検定や資格に挑戦すれば、他の学校の生徒たちとも競い合えますし、合格できれば自信もつきます。

団体受検は年に3~4回実施しています。連続して受検する生徒もいれば、1年に1回だけ受ける生徒もいますね。数検の良いところは、スモールステップがあるところです。1次と2次に分かれていて、1次だけの合格もあります。本校の生徒の多くは、文章問題が苦手で、計算問題の1次だけでも合格できると、そこで弾みがつき、その後に2次に挑もうと思えます。実際にそうやって合格できた生徒は多くいて、「上の級も受けたい」とつながっていき、合格の喜びが自信になっているようです。また、検定結果としてもらえる個別成績票も、問題の正誤などが視覚的にわかりやすく、生徒たちにも好評です。

自宅での学習方法と学習習慣を身につけていく

自宅での学習方法と学習習慣を身につけていく本校では、基本的に数検の受検は家庭学習の延長だと捉えていますので、生徒には「自分で参考書を選んで、自宅で学習しなさい」と指導しています。合否も大切なのですが、それ以上に自宅での学習方法やその習慣を身につけさせることが重要だと思っています。

ただ、多くの生徒が検定や資格に合格するために自ら学習するという経験がありません。そこで、参考書の選び方が分からない生徒がいれば、学校に置いてある参考書を生徒に見せて、どんな違いがあるのか、自分に合ったものをどのように選べばいいのかを教えます。自宅での学習方法についても、どのように進めていいのか分からない生徒がいたら、積極的に声をかけて「まずはここからここまでやってみよう」と導きます。それでも分からないときは、朝や放課後などに補習をします。一生懸命に勉強しても合格できないときはありますが、それもまた良い経験です。むしろ不合格になってからが勝負だと思います。「一度やると決めたら、合格するまでがんばろう」といつも言っています。社会に出れば必ず苦しいときがあります。あきらめずに努力してやり抜いた経験は、その困難を乗り越える力になるはずです。

昨年、4級になかなか合格できずにいた生徒がいました。それでも決してあきらめず、何度もチャレンジしたら、ついに合格することができました。本人も保護者もとても喜んでいました。私が何よりもうれしいなと思ったのは、その生徒の自宅での学習時間が延びて、学習習慣が身についたことでした。

数検に挑戦すると、数学をはじめ、さまざまな教科の学習に身が入る生徒もいます。これまでの教育の積み重ねがあったからだと思うのですが、数検にチャレンジすることで学習目標ができて、家庭での学習方法が分かるようになり、それができるようになると学ぶことが楽しくなります。すると学習意欲も高まります。そういった好循環が始まるんだと思います。

数学が不得意な生徒も数学好きに

数学が不得意な生徒も数学好きに
富山教諭が製作した多面体の教材

受けて、数学が大好きになったという生徒もいます。もともとは数学が得意でない生徒で、授業中も集中力がもたず、10分くらいでウトウトしてしまうような様子でした。その生徒は、友達と3級を受けることになり、一度は不合格になりましたが「あと少しだけがんばろうよ」と励まし、補習や自宅学習を続けたところ、次の受検で3級の1次に合格しました。すると、「いったい、どうしたんだ」と思うくらい数学に目覚めて、授業に集中して取り組むようになりました。さらに、私が他の生徒のために補習をしていると、そのやり取りをじっと見つめ「ポイントはここだな」とつぶやいたりするようになったのです。その変わりようには本当にびっくりしました。生徒のなかには、長い間、土のなかで眠っている能力の種のようなものがあり、何かきっかけがあるとそこから芽を出すのかもしれません。

実は、私も数検を受けているんです。準1級に合格したとき生徒に合格証を見せたところ、とても反応がありました。今は1級をめざしてがんばっているところです。実際に受検をするようになって、不合格だったときの気持ちがよく分かるようになりました。最近は、不合格になった生徒にはまず「つらいよな」とか「くやしいよな」と気持ちに寄り添い、それから「あきらめるな」と言うようにしています。数検をとおして、これからも生徒の心を刺激し続けられたらいいなと思っています。