ごあいさつ
会長のごあいさつ

若山 正人
公益財団法人 日本数学検定協会 会長
九州大学 名誉教授
ZEN大学 学長
数学は宇宙誕生以前からあったに違いありません。そう考えないで、ガリレオ・ガリレイの言葉「宇宙は数学のことばで書かれている」や、原子核と素粒子の理論における対称性の発見により1963年のノーベル物理学賞を受賞したユージン・ウィグナーの有名な講義「自然科学における数学の理不尽な有効性」など、どうしてうまく説明できるのでしょう。カーナビゲーションや携帯電話のGPS(全地球測位システム)機能は、よく知られているようにアルベルト・アインシュタインの相対性理論にもとづいています。ところで、相対性理論の根拠となる非ユークリッド幾何学も数学者の好奇心によりすでにこの世のものでした。同様にみなさんが算数や数学の問題に夢中になり引っ張られるのは引力や重力のせいではありません。
数学がなければ飛行機やコンピュータなども作れなかったでしょうし、AI(人工知能)はおろか今のようなデジタル技術による情報のやり取りもできません。実はきっと、人間のおもしろがる知性のどこかに、算数や数学が楽しいと思う種が埋め込まれているのです。数学はまた、言語の壁を超えて世界中の人々と交流できる便利なことばです。私の英会話は頼りないものです。海外の大学などに訪問中、数学の詳細な話をしようとして、うまくことばだけでは伝えられないことも暫しありました。それでも、黒板や紙を使い乗り切ることができた経験があります。遠い未来にありうるかもしれない、ほかの惑星の人たちとの会話のためにも数学力を鍛えておくことが肝要です。
数学を陰日向に使ってきた人の仕事のありようは、AIの発達によって大きく変わります。受験数学の問題など、AIは簡単に解いてしまいます。受験数学は大切ですが、目的がそれを追いかける勉強に限られてしまうことは、まるで人間がAIに近づくために努力をするようなものです。早く移動するために、人が飛行機や車になりたいと精を出すのと似ていますね。
数学を楽しむ偉大な大家である甘利俊一先生(東京大学名誉教授、理化学研究所栄誉研究員)の後、このたび四代めの会長に推挙されました。役目はたいへん重いですが、算数や数学に関わるこのような喜ばしい役割を担わせていただけることは身に余る光栄です。
数学は役立つからやるというのですが、実は役に立ってしまうのです。ひとりで問題に取り組むことは大切ですが、自分で算数や数学の問題を作って考える、そして仲間と闊達な議論をすることはもっと楽しいに違いありません。さぁ、みなさんで数学の楽しさを味わい、仲間を増やしていきましょう。
理事長のごあいさつ

髙田 忍
公益財団法人 日本数学検定協会 理事長
最近、東京都心ばかりでなく地方でも海外の方を多く目にする機会が増えてきました。
わたしたちの生活においても、ネット社会の発展にともない、国内外を問わず、多くの情報が容易に得られる時代へと変わりました。さまざまな分野で活躍される方、いろいろな地域で注目を集める興味深い事例など、世界の情報がリアルタイムに見られるようになり、日本はグローバル社会の一員として、これまで以上に国際的な視点をもち、積極的に対応していくことが求められます。
日本の長い歴史のなかで、日本は島国であるがゆえに独自の文化を育んできましたが、一方で、大なり小なり海外との交流を図りながら技術力の高さや感性の鋭さを発揮して海外の文化を日本の文化として同化させてきました。その文化の発展は世界からも高く評価されています。たとえば、SDGs の「誰ひとり取り残さない」という理念は、“ おかげさま ” や “ もったいない ” という精神と結びつき、これまでの日本人の生活や行動様式が十分に世界をリードできることを証明してきました。また、STEAM 教育においても、長年にわたり私たちの生活と密接に関わっています。江戸時代のまちづくりや明治期以降の産業発展など、多くの変化に直面し、社会課題を解決してきた実績は、目をみはるものがあり、日本独自の強みといえます。海外から見ても稀有な文化をもつ日本だからこそ、インバウンドの成功に結びついていると考えられます。
このように優れた文化をもち、海外からも注目されているということは、いわゆる「失われた 30 年」を十分に取り戻すことができるのではないでしょうか。
公益財団法人日本数学検定協会(以下「当協会」)は、2023 年度から始まった中期経営計画のなかで「検定事業者から人財育成プロデュース事業への変革」をテーマに掲げ、さまざまな挑戦を行ってきました。事業としては、実用数学技能検定「数検」を中核としていることに変わりありませんが、「ビジネス数学検定」や「データサイエンス数学ストラテジスト」などを複合的に組み合わせて数学の社会実装に向けた新たな取り組みを行ってきました。その過程で多くの自治体や大学の関係者と人財育成について意見交換を交わし、そこで共通して言えるのは、データを正しく扱える人財の不足やその育成手法に課題があるということです。数学を理解している人は多く存在しますが、その知識を社会でどのように活用するかについての理解が不十分な場面も見受けられ、数学を駆使できる人との乖離があります。こうした現状を踏まえると、数検の受検をただ広めていくだけでは根本的な人財育成にはつながりません。地域の課題と向き合い数学を効果的に使うことを多角的に学べる環境の創出が重要となります。
当協会ではビジネスにおける5つの数学の力として把握力・分析力・選択力・予測力・表現力を提唱していますが、失われた 30 年を取り戻すカギとなるものが表現力です。
SNS が発展を遂げるなかで、情報発信力が重要な役割を担うことは申し上げるまでもありませんが、エビデンスにもとづいた説得力のある発信が不可欠です。そのためには、自らデータを解析し、数学的な裏づけを用いた情報を発信する力が求められます。そのようにして導き出された発信材料をもとにして、たとえば自社の新たなビジネスの創出のためにわかりやすく正確に伝える力が表現力です。さらにこの表現力にアートの要素が加わることによって魅力的な商品が生み出され、世界中から認められるものができあがります。実際に、今のアメリカで大成功を収めている企業はまさに数学を基盤としたビジネスが目立ちます。
日本は、「OECD 生徒の学習到達度調査」(PISA)や「国際数学・理科教育調査」(TIMSS)の調査でも数学力については上位をキープしています。しかし、これらの調査で示される高い学力が、社会に十分に浸透していないのが現状です。裏を返せば、これを社会に生かすことができれば、日本は大きく飛躍できる可能性を秘めています。
私たちの取り組みはまだまだこれからですが、人財育成プロデュース事業を通じて日本ばかりでなく、世界中の人々の数学への興味喚起と数学力の向上に貢献してまいります。