数学を探しに行こう!
どっちがお得?
トイレットペーパーの8ロールと12ロール
算数・数学ライブラリ「数学を探しに行こう!」では、日常生活や現代社会のなかで算数・数学がどこにひそんでいるのか、役立っているのかをご紹介するコラムです。中学校や高校で学習する数学の単元を中心にしたコラムですので、みなさんの学習との結びつきを感じてみてください!
※掲載内容は、2016年6月時点のものです。
こんにちは!突然ですが今日、不思議なことがあったのです!
トイレに入ったら、トイレットペーパーがあとちょっとしかなかったのです(これは別に不思議なことではありません)。予備もなかったので、慌ててスーパーマーケットに行き、トイレットペーパー売り場に向かいました。
すると、そこには不思議な光景が……。8ロール入りと12ロール入りが同じ値段で売られていたのです。
■これはどういうこと?
8ロール入りはとても特別な紙を使っている?
お店の人が勘違いして値札をつけた?
秘密のプレゼントが隠されている?
お店のなかで考えていても何も始まらないので、とりあえず両方買って、比べてみることに。
さっそくビニール包装の袋を開けてみると、紅茶の良い香りがふんわり。でも、実際に使ってみても、どちらも同じような感じがするだけで、違いがわかりません。
みなさんなら、8ロール入りと12ロール入りのどちらを買いますか?どう考えても、数が多い12ロール入りですよね。
う~ん、違いはどこにあるのでしょうか。
■どうして8ロール入りを売っているのだろう?
いろいろとトイレのなかで考えていたら、包装の袋に何やら数字が書かれているのが目に入ってきました。
8ロール入りには「45メートル」。
12ロール入りには「30メートル」。
そうか!
この数字は、1ロールに巻かれたペーパーの長さを示す数値だから、8ロール入りの方が12ロール入りの方より、1ロールあたりの長さが15メートル長かったのです!
これで違いがわかりました!
……だけど。
■どっちがお得なのだろう?
とても広い場所にトイレットペーパーを一列に並べる。紙の先端を指で押さえて、次々に転がしていく。8ロール入りの場合は、8個を並べて転がす。その隣に、12ロール入りを12個並べて転がす。2つの広大なトイレットペーパーの面ができる。上から見て、広い面積の方が「お得」なはず!
では、計算してみましょう。
8×45=360
12×30=360
どちらも同じ面積でした!
だから、値段も同じだったのですね。
これは、小学6年生で習う単元「反比例」の例ですね(グラフ1)。
一方の数が大きくなれば、もう一方の数が小さくなる。だけど、その総量の関係は変わらない。
この関係性を式に表すと、
1袋のロール数(個)=360(m)/1ロールの長さ(m)
文字式にすると、
1ロールの長さをx、1袋のロール数をyとするならば、
y=360/x
という式が成り立ちますね。
長さ(x)と個数(y)の関係がこの式のもとで保たれるのならば、1袋に入っているトイレットペーパーの長さの総計は同じです。もし、1ロールが360mのトイレットペーパーが(実際にはありません)、12ロール入りよりも安く売っていれば、迷うことなく「買い」です。
謎は解けたけれど、新たな疑問が浮かびました。
■どうして15メートルも長いのに、ロールの直径はほぼ同じなんだろう?
もしかして8ロール入りのペーパーは薄いのでしょうか。でも、使った感じは、ほとんど変わりません。
この謎は、計算しても解けそうにないので、このトイレットペーパーを作った会社に行って、ヒミツを教えてもらうことにしました!
お話を伺ったのは、人気のトイレットペーパーを数多く作っている日清紡ペーパー プロダクツ株式会社の方です。
「実は、こちらの商品については12ロール入りも8ロール入りも、同じペーパーを使っています。だからペーパーの厚さも変わりません。ロールの直径は、12ロール入りが102mm(写真左下)で、8ロール入りは110mm(写真右下)。長さは1.5倍だけれど、直径は約1.08倍の違いしかありません。簡単に言うと、少しきつく巻いているんです。でも、ギュッギュッギュッと巻き過ぎると、ふわっとした質感がそこなわれますので、機械でうまく調整して肌触りが変わらないようにしています」
巻き方が違うだけだったとは驚きです。手に持って比べると、確かに8ロール入りの方が少し大きいし、重いです。
でも、同じ長さなら12ロールだけでもいいような気がしますが……
■8ロール入りのメリットは何でしょうか?
「いろいろありますが、第一のメリットは省スペースです。この商品を開発したのは、都市部の販売店様のご要望がきっかけでした。売り場の置きスペースを小さくしたいという声が多くあったのですね。そこで、長さは同じで、1袋のロール数が少ない商品を作りました。8ロール入りは“コンパクトタイプ”なのです。
それから、買ってから家までの持ち運びも楽になりますし、保管スペースも小さくなります。取り替える回数も減るので、交換の手間が減りますね。メリットはほかにもあって、ロールの芯を少なくでき、環境面でエコです。工場からお店に商品を運ぶときも、1台のトラックでより多くの数を運べますので、効率的ですし、これもエコにつながります」
買う人、売る人、作る人、運ぶ人、みんながハッピー!これは良いことづくめではないでしょうか。
■きっとたくさん売れているのでしょう?
「そうでもないのです。現在は圧倒的に12ロール入りの方が売れています。お客さまの目には12ロール入りが見慣れていて、お求めになりやすいようです。トイレットペーパーという商品は、実際に使ってみないと『これは良いな』と思いにくいですよね。一度使っていただければ、その良さを必ず実感していただける自信はあるのですが……」
それは残念。8ロール入りのほうがいろいろな面でメリットが多いのに!
皆さん、トイレットペーパー売り場に行ったら、ぜひ反比例のグラフを思い出しましょう。一見、8ロール入りはロール数が少ないので損するように思えますが、長さの総計はどちらも同じでメリットはたくさんありますよ!
■ところで、ほかに特徴的な商品はありますか?
「吸水力が標準タイプに比べて5倍もある商品も新たに発売しました。これは、シャワートイレ用に開発したものです。シャワートイレの場合、トイレットペーパーの役目は、汚れを取るというよりも、シャワーの水をふき取る役目がメインになります」
この会社では、2001年、吸水性を高めることに着目し、従来の2倍の吸水力を持ったトイレットペーパーを開発したとのこと。現在では、多くの方に使ってもらえる商品になったそうです。
「この吸水力をさらに高めようと試行錯誤を繰り返し、今回、5倍の吸水力をもった商品の新発売に至りました」
これも使ってみたところ、少ないペーパーでじつに水をよく吸い取ってくれます。触った感じは、キッチンで使うペーパータオルに似ています。
■どうやって吸水力を高めているのですか?
「ぱっと見たかんじでは1枚紙のシングルに見えるのですが、実は2枚重なっているのです。この貼り合わせられている紙をうまくはがすと、全面に凹凸が並んでいて、上下2枚の凸同士が頂点で重なっているのがよくわかると思います」
ためしに紙を少しちぎって、紙を上下2枚に分けてみました。
これはすごい!2枚の紙の凸の周りに小さなすき間ができるのです。
■この構造が、吸水力アップの秘密?
「そうです。そのすき間に水が入り込んで、蓄えられるのです。この凹凸をエンボスと呼びます。トイレットペーパーのようなやわらかい紙にエンボスを入れて、その凸の頂点同士を貼り合わせるという加工法は、当社がパイオニアです。『スーパーダブルエンボス加工』と名づけました。
ペーパーを横から見てみると吸収力が5倍のものは、2倍のものに比べて紙が厚く、それだけエンボスの高さも高くなるので、水が入り込む空間も広くなっているのがわかります」
今後、トイレットペーパーを買うときは、価格だけにとらわれず、いろいろな商品の特性を理解してから選ぶようにしたいですね!
トイレットペーパーには、たくさんの数が隠れていました。
「30m」「45m」「2倍」「5倍」……
その数の向こうには、作る人売る人の、いろいろな想いがありました。
「反比例」という数の関係性もありました。
私たちの生活のなかには、まだまだ「数」の秘密がありそうですね!
(取材・文/サイエンスライター 宇津木聡史)
今回お話を伺ったのは…