学習数学研究紀要 創刊号(第1巻)

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- 学習数学研究所紀要創刊に寄せて 学習数学研究所 顧問 合原 一幸(*) 人類を他の生物と区別する最も重要な特徴のひとつは、その言語能力である。人類は、進 化の過程で言語を生み出すことによって、高度なコミュニケーション能力や思考能力を獲 得したと考えられている。そして、意識や心の発生とも、言語は深く関係しているように思 われる。 筆者からみると、数学は世界共通のとりわけ優れた“言語”である。ダイナミズムに満ち たこの動的世界の諸現象を記述するのに、差分方程式や微分方程式以上の記述能力を有す る言語は他には思いつかない。たとえば、ロジスティック写像 x(t+1) =ax(t)(1-x(t))(ただ し、x(t)は実数値変数、t = 0, 1, 2,..., a は [0,4] の実数値をとるパラメータ)は、様々なカ オス解や周期解、 周期解の周期に関するシャルコフスキーの順序、 そしてカオス解の生成に 至る周期倍分岐や接線分岐などの分岐構造を生み出す。これらの複雑さが、2 次関数の非線 形性のみを持つこの簡単な1次元写像(差分方程式)で記述出来るというのは、実に驚くべ きことである。そして、このロジスティック写像が生み出す複雑さの全貌を、自然言語で書 き表すことは到底不可能である。 言語に関わる人類のもうひとつの大きな発明は、文字である。音声言語自体は、その瞬間 瞬間に消えてなくなるため、 この点で言語の発生の進化的研究はきわめて難しい。 これに対 して、 文字の発明によって、 人類はその記憶を外在化して長時間もしくはほぼ永久的に残す ことを可能にした。すなわち、文字によって、容易に時空の壁を越えることが出来たのであ る。 今回の紀要創刊の意義は、ここにある。本学習数学研究所紀要の創刊によって今後、算数 教育、数学教育、さらには数学の生涯学習等々に関する、本研究所での様々な知見が蓄積さ れ広く活用されていくことになろう。 心からお喜び申し上げる。
(*)公益財団法人日本数学検定協会理事・東京大学生産技術研究所教授
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