学習数学研究紀要 創刊号(第2巻)

- ページ: 33
- 2次行列の累乗について
学習数学研究所 特別顧問 一松 信(*) 0.はじめに
a b n 2次行列 A= の累乗 A の計算は,数学検定の1級(ときに準1級)によく出題さ c d
れている。 それは標準的な手法によって対角化を (それが不可能ならばジョルダンの標準形 に)して容易に計算できる。その意味で典型的な課題であり,何次でも同様である。 しかし2次に限れば, 以下のようにスペクトル分解の応用による 「ずるい」 計算法がある。 このような方法は, 線形代数学の 「王道」 とはいえない。 将来高校数学に行列が復活しても, 標準課程に取り入れるべきではないと思う。 しかし出題者の立場から見ると, こういった解法もあることを考慮に入れて, 慎重に出題 することが望ましい。 そのような注意を喚起する意味で, 敢えて本稿を執筆した次第である。 以下行列の成分は任意の体の要素でもよいが,実数として述べる。また一般の n 次正方 行列についても同様だが, 解説を2次行列に限定する。 固有値を含む線形代数学の基礎知識 は既知とする。 1.行列の固有値に関して(復習) 2次の正方行列 A は R 2 から R 2 への線形写像の表現である。それによって自分自身の (0でない)定数倍に写される(0でない)ベクトル v:Av =λv が固有ベクトルであり, 定数λは固有値とよばれる。 これに対して uA=λu(u≠0)を満たす行ベクトル(横ベクトル)u を行固有ベクトル とよぶ。それは A の転置行列 A T の固有ベクトルを転置したものである。 固有値λは固有方程式 det(A-λI )=0 の解として計算できる(det は行列式,I は
a b 単位行列) 。今の場合 A= に対して,固有方程式は c d
2 λ - (a+d ) λ+ (ad-bc) =0
⑴
と表される。 以下しばらく⑴が相異なる2個の解λ1, λ2 をもつ (判別式≠0) と仮定する。 λi(i =1,2)に対する(列)固有ベクトルと行固有ベクトル(の1つ)をそれぞれ v i, u i とおく。v 1 ,v 2 ; u 1 , u 2 はそれぞれ一次独立で,それぞれが R 2 の基底をなす。 補助定理1 u 1 ・v 2 =0, u 2 ・v 1 =0,s i=u i・v i≠0 証明 u 1 ・A・ v 2 =λ1 u 1 ・v 2 =λ2 u 1 ・v 2 であり, λ1 ≠ λ2 から u 1 ・v 2 =0;u 2 ・v 1 =0も同 様。他方 u 1 は u 2 と一次独立なので, s 2 =u 2 ・v 2 ≠0; s 1 =u 1 ・v 1 ≠0も同様である。▯ 注意 A が対称行列なら u i は v i の転置行列としてよいが,そうでない場合には区別を要
(*)SIN HITOTUMATU,京都大学名誉教授,公益財団法人 日本数学検定協会名誉会長
- 29 -
- ▲TOP